hana日記

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カテゴリ:わたしたちのこと( 7 )


2013年 05月 27日

名前は生きものみたいだ

結婚したとき、まあ再婚した時と訂正するけど私たちは主人の名前を名のる事にした。こども達は小学校高学年だったのでその決断はわたしの一存だった。と思う。かなり悩んで決断し、子供達にも話しをしたけどそこの所、あまり記憶がない(すまん)ので深い話しは出来ていないのかもしれません。

再婚でどうするよ。と悩んだのが名前。
1)現在使う名前(前の主人の名前)をそのままに戸籍に主人の名前だけを記入する。
2)家族全員で氏変更手続きの書類を提出し全員で主人の名前に変更する。
3)私だけ主人の名前にする。
子供達の名前の変更は本来は養子縁組が必要だそうで。しかしそもそも日本人ではない主人に養子縁組しようにも戸籍がない。市役所の戸籍課も??であった。それで氏変更届を活用した。

しかし名前の変更は考えさせられる事が多かった。

家族内でわたしと子供の名前が違うのは違和感があり、ましてや私たちと一緒に家族を築こうと決意してくれている主人と私たちの名前が違うのもまた大きな違和感がある。それで、主人の名前に全員でかえる事に落ち着いた。というか、よう考えてはみたけど。ええいぃ!もうめんどくさいわ、こうなったら全員で変えたれ!そんな思いでした。

この感覚と決断。今思えば再婚13日後に阪神大震災が起こるので正しかった。だって後でやろうなんて考えてるとあの避難生活のごたごたの中、絶対に出来なかったですもん。

そして、私たち全員が名のる事になった主人の名前。カナダでもかなり珍しい名前ではっきり言ってご近所のアジア国の名前にソックリだったのです。スペルがちょっと違うだけで。ただ、私達の顔はどう見てもアジア人の顔。名前を名のる時にK国、 NK国の人と思われる事が多くなったのでした。

この名前が良い人生勉強の機会を作ってくれるとはその時はあまり考えなかったのでした。
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by norihana333 | 2013-05-27 06:33 | わたしたちのこと
2010年 03月 22日

お彼岸におもうこと

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わたしが今のカナダ人の主人と出会った時は32歳でした。
2人の子供を連れて母子家庭だったが、元気いっぱい神戸の子供服会社で働いていた。
苦しさの連続だったが頑張った。なぜなら逃げる場所がなかったからです。

その時主人は25歳で不安定な英会話教師の職に苦しんでいた。
会った時は本当に彼は誰でもなく、彼自身だった。

地位もなくお金もなく、いつ日本に居られなくなるか分からないそんな外国人だった。
その頃私にはお見合いの話しもいろいろ有り(ポッ。。。あはは)
望めばそれなりの環境に行けたと思うのですが。

心はそこに向かなかった。

あくまで不安定で若い、危なっかしい彼に私の全意識が向きました。
この人と居たい。どうせ苦労するなら自分が納得する人と生きたい。

ただ私が心から申し訳なかったと思うのは
2人の思春期の子供を育てる事に忙しく私は彼の子供を産むことが出来なかった。
何度もこの点に付いては話し合ったけど。彼は「2人を自分の子供と思う」
そう言ってました。さまざまな思いがあったと思いますが私には言わなかった。
その思いに感謝してる。感謝しきれない思いを抱いて毎日を過ごしてます。

主人と知りあったころ、血はつながってなかったけど私を大事にしてくれた祖母が
「この人だよ」とだけ夢の中で私に伝えた。
おばあちゃんがいつも身につけていた汚れた前掛けをしてそう言った。
たった一言だった。今も思い出すと涙がでる。

おばあちゃんは幸薄い人生だったかもしれないけど、
わたしが供養させてもらいます。引き受けます。



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by norihana333 | 2010-03-22 22:04 | わたしたちのこと
2009年 03月 25日

宇宙からきた緑のひとを尊敬する

こちらを立てればあちらが立たず
そんな事が多いので、心を忙しくするのを止めました。

ウチは子供達は日本人。
わたしも基礎的部分は日本人。ただいろいろな経験が自分を変えたとは思う。
性質の枝葉は子供の頃から比べるとかなり変化したようです。
私の子供の頃を知ってる人には。。。宇宙人のような捉え方かも。

パートナーはカナダ人なので人生感、自我の捉え方。
子育てや子供の独立への基礎的な常識が違う。
ただ長くアジアで暮らし、日本の文化に尊敬心を持ってくれてるので
典型的な北米の人間ともまた違う。
小さい頃見たテレビや懐かしい記憶なんかも、お互いいっさい重なりません。
7歳若いってのもあり、まったく違う惑星から来た人みたい。
これまた 宇宙人みたいなもんでしょうか〜

違うって事は多様性に富んでるって事なので。
これは良い事なのだと思ってます。

自分と考えが違う人をなんとかして変えよう。と若い頃は苦闘したのだが。。。
そういう人に限ってまた、変えようがないほどの強烈な個性の人が一緒に生活してるわけです。

尊敬心を持って接する。
それしか生き抜く道はありませんわ。たとえ宇宙人であったとしても。
心の芯に感謝と尊敬心があれば。。。

お互いなんとかやって行けるもんですね。
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by norihana333 | 2009-03-25 10:16 | わたしたちのこと
2009年 02月 21日

聞こえない声の後押し

息子と娘の声なき声。

これが私に再婚を決意させました。
学校で「おまえのママは外国人の男と歩いてたぞ」
と何度もはやし立てられても息子はぐっと我慢してたそうです。
ひと言も言い返さず。けんかもせず。

その話しを人から聞いた時、
いままでちょっと型破りで(?)生きて来たのだから、
今度は自分を型に入れてみよう。
籍を入れる事で皆が多少は納得するのなら結婚しよう。そう思いました。

その思いを熱くパートナーに語った後に再婚が決定となりました。
そして子供達も家族も賛成してくれました。ほっとした。
ですので、プロポーズは。。。。なかったのかな。
あたしがプロポーズしたのかな??

その後、満月の日。芦屋のアパートへ帰る道。
彼はまじめな顔をして「そこに立ってて」と言い。
膝をついてプロポーズしてくれました。

その彼の後ろ、道の向こう側を「亥」が子供を連れて横切って行ったのが。。。
なんとも牧歌的で笑える記憶としてのこっております。
あの街の山手には半野性の亥がしょっちゅう出没していたのです。

聞こえない心の声が現実を変えました。
今も子供達二人に感謝しております。
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by norihana333 | 2009-02-21 18:48 | わたしたちのこと
2009年 02月 10日

ひとりで悶絶してたかも

九州の国道をBrian Adams の曲を聴きながら
主人と入院してる子供のお見舞いに行きました。
週に2日、良く通いました。

こころを病んで休んでいる。その子。
でも、こころはいつも休まない。
こころはいつも動いて自分自身を傷つけます。

わたしが九州の神社と自然に帰依し、
スピリチュアルな事に強く惹かれ始めたのは、
こどもが心の病を発病したためでした。

この、自分ではどうしようもない出来事がなければ
人の痛みが分らなかったと思います。

何の気無しにみんなが「ちょっと変な人を見たんだよね」と
その奇妙な行動や仕草を話題にしてると。
「そうだね〜変だよね」と返答しながら。
その奇異な行動をとる人の迷惑にちょっと驚きながら。苦笑しながら。

ああ、その変な人は誰かの母であり、父であり。
そして子供であり、兄妹である。と思ってます。

今後もこの現実から逃げる事はできないし、逃げませんが。
こう思える様になった自分が今生を生き抜ける事に感謝したいです。

わたしは再婚です。2人の子供を連れて結果的に国際結婚しました。
私は外国にも英語にも、まったく興味が無い人間でした。
でも友人となった外国の人達の物ごとへの正直さに感銘を受けました。
その点に鏡に映る自分を見たわけです。

人種が違う、文化も違う。価値観もちがう。
そのうえ〜今世を生きた年齢もちょっくら違う。
この結婚はちょっと挑戦的な決断ではありました。笑
まあ、わたしはいつも向こう見ずなんだけど。。。。

厳しい状況。そんな中で泣き言を言いながらも、私を見捨てる事なく
手を携えて共に生きてくれているパートナーに感謝したいです。
二人で良く話し合いました。

今日をどう感じてるか。どんな風に思ったか。
どうするべきと思ってるか。どうしたいか。

いろいろ現状は難しかったので
正直一人だったら、悶絶してたかもです。
人は強くも有り、弱くも有るな。

だからこそ一人でその様な状況を乗り越えてる人を見かけると
心から「頑張れ〜」と愛念を送ります。
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by norihana333 | 2009-02-10 00:48 | わたしたちのこと
2009年 01月 30日

外国人の方達の武器好き考察

熊本城に遊びに行ったとき、
突然、忍者がお城の物陰から飛び出して来ました。

見るからに。。。ボランティアの忍者さんだったんだけど、笑
主人は大興奮!!

偽忍者の投げる偽物「手裏剣」を見て、
「ぼく、このホンモノ持ってます」と言ってたのが壷にはまって笑えました。
そう、彼は武器マニアなのです。
じゃらじゃら色々持ってるんです。がっくん。

神戸に住んでたとき、京都に行きたいと言う彼に同行し、長刀を購入。
その長刀とともにバスに乗ろうとして、
乗車拒否にあったのが良い思いでです。あはは。

家中に模造の剣が溢れて来たので、彼の事務所に持ってってもらいました。
あ〜〜すっきりした。

一度、戦国時代の甲冑と太刀がいつか欲しいとのたまわったので、
「その時は離婚だ」と伝えておきました。これちょっと本気です。

外国の人ってなんであんなに太刀に惹かれるんでしょうね。
血の匂いと文化の匂いがするからかな。。。。
浅草あたりで外国からの観光客の方達が
背中のリュックに模造の剣を差してるのを見て、
あなたも好きね〜と思ってます。

大分県の宇佐神宮で江戸時代に奉納されてた大太刀を見た時は、魅了されたけど。

あの剣は神に奉納する神聖な物体でした。
美しかったです。

しかし何度も引っ越ししたんですが、
いつもあの模造の武器をパッキングする時に
無情を感じるわたしなのでした。
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by norihana333 | 2009-01-30 00:45 | わたしたちのこと
2009年 01月 18日

快適さの差

パートナーは家に帰って来ると。。。

着替えずその日の洋服のまんま、食事を取ります。
「着替えたら?」と言ったら
このほうが快適なのでこのままで良いと言います。

そして、上半身はだかになります???
あげくの果てはズボンまで脱ぎ、そのまま食後もPCの前で仕事してます。
「パジャマを着たら?」と言うと

それは寝る為の服だから。格好が悪いとのたまわりました。


なんなんしょかね???
私は家に帰るとルームウェアに即着替えるんですが。。

トップレスになるのは北米の男性が良くやる事ですが。
このこだわりは、なんなんでしょうかね?

結婚して14年ぐらいですが、今だによく分かりません。

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でもまあ良いか。。。って思ってます。
ネタの宝庫の様な明るい常識の備わった
奇人変人と一緒に暮らせて光栄と思ってます〜
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by norihana333 | 2009-01-18 22:15 | わたしたちのこと