hana日記

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2009年 04月 30日

いっぽいっぽ遍路道を歩いていた

私は讃岐生まれ。お遍路さんの遍路道の近くで生まれました。
生まれた家は日蓮宗で、お爺ちゃんはまったく違う宗派のお坊さんでした。
要するにお寺さんです。宗教的にはお遍路さんとは遠い位置で育ちました。
神道からも百万年光年ぐらい遠かったかもです。

でも 小さかったころ家の門の前で立つお遍路さんに
よくおばあちゃんとご飯を差し上げました。

門の外で大きな声で唱える「仏を呼ぶ言葉」が聞こえると
その日 家にあったいろんな残り物を手に玄関から外まで走りました。

粗末でもご飯を差し上げるのは、自分の中の仏を呼び出す行為だったのでは
なんておばあちゃんを思い出すたびに考えます。

私の家は四国遍路の終わりのお寺に近く
ほんとにぼろぼろの衣服を着たひと達を良く道ばたで見かけました。

私が小さかった頃はまだ皆さん歩いてる方が多かった。
その後ほとんどの旅がバス遍路に変わりましたが、現在は
また歩くと言う原点に戻って来てるように思えます。

真っ黒になった装束を身にまとい(遍路道終盤なので。。)
日に焼けて。村の集会場に良く泊まられてる方も居られました。
持ちモノも最小限でした。

子供後頃に ああこのひと達は命を賭けてる
そう思ったものでした。

「あの人達に帰る家はあるのかな??」「待ってる人は居るのかな」
何とも言えない気持ちとともに子供心にそう思った。子供のセンチメンタルですね。
でも忘れられない記憶です。

今は道路が整備されてますが、日本のそれも四国の田舎道なので
人が歩く事を想定して道を造ってないです。
もし歩くなら、場所によっては命がけです。気を付けて下さい。

集落にあった土葬の亡がらを埋める場所には、
外れに小さな無縁仏がありました。
現在は土葬が禁止となり供養塔が建てられてました。
お遍路さんが行き倒れされた無縁仏もあったと思います。

命を賭けた荒行の四国遍路。
その遍路道の近くで生まれ、命を賭けて歩くひと達を
感じる事が出来た事に感謝したいと思います
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by norihana333 | 2009-04-30 22:48 | 讃岐よいとこ


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